渡辺恭英作品集の魅力~大分・「新潮流展」を中心に創作を続ける画家の画業の厚み
新制作という公募展系の作家として活躍すると同時に、新潮流展(大分県内のリーダー的画家たちが集うグループ展)に継続して出品している渡辺恭英氏の作品集が届いた。
封筒から取り出し、すぐに約70頁の画集をぱらぱらとめくってみた。「あっ」と声までは出さなかったが、大分の春季県美展(他県で言ういわゆる「県展」)に出した50号のミックスメディア作品に目を奪われた。
「いのち 08」と題された抽象的作品は、たまご型のかたちの楕円が同心円状にグラデーションをもって描かれ、その中心に球状の核がある。その核に向けて画面上部から細い直線がすうっと挿し入れられている。もしかすると、この直線は核から上部に向けて伸びているのかもしれないが、私には核に向けて挿し入れられているように感じられる。題目と併せて、この抽象画は、透明な膜で覆われた卵子に微小な針を無機的に挿入する遺伝子操作の画像を連想させる。いろいろな診療や治療、そして遺伝子の実験のようすを説明するために用いられる「一瞬」の動画である。現代人ならば誰もが、テレビなどで一度は目にしているはずだ。
透明なぼんやりした丸い細胞に針が進入する、あの凍えるほどの無機的な一瞬を目にしたとき、ひとはどのように感じるのだろうか。たとえ、人々に喜びをもたらす科学の進歩を表していたとしても、なにか背筋が寒くなる感覚を覚えはしまいか。
おそらくは、その画像を抽象化した作品が「いのち 08」であろう。その意味では、ある種の挑発的な主題ともいえるテーマを取り扱っているのだが、しかし、渡辺恭英が描く卵は、実に柔らかく豊かな生命を暗示している。あの灰色の無機的な円形の皮膜ではない。暗鬱とした灰色の背景のなかで柔らかく光を発する豊かな「いのち」の象徴である。だから、なおさら画面上部から下ろされた鋭い針を暗示する直線に痛覚的な痛みを覚えてしまうのである。
そういえば、宇多田ヒカルのEXODUSのインターネット版プロモにも、卵細胞に顕微針が触れる一瞬が利用されていた。アルバムに収められている幾つかの曲調と絶妙にマッチした画像だと思った記憶がある。インターナショナルな活動圏域で効果的な戦略を組む宇多田は、現代人ならば地域と文化を越えて関心を抱くテーマを感覚鋭く把握している。敷衍して言えば、こういうテーマを選んでいく嗅覚を渡辺が持っているということだろう。
作品集の中から一枚の作品だけに焦点を当てて印象を綴ったが、渡辺恭英の抽象作品群はいずれも綿密な構想の下にテーマと構図が決定され、マチエールの複雑な層を自由につくりあげる卓越した技術に裏打ちされた高品位な作品ばかりである。若い方々のなかには、公募展系の作家というだけで、最初から興味を失うひとも多いように見受けられるが、そうした先入観無しに是非、渡辺恭英の作品を堪能して欲しい。
すこし踏み込んで、美術館の作品収集の業務に携る学芸員たちに対しても言いたいことがある。渡辺の作品は大分市美術館をはじめとする大分県内の各美術館が収蔵しているが、いまだ県外の美術館での収蔵記録は無いようだ。これは残念なことといわねばなるまい。
渡辺の作品は、現代日本の抽象画のうち世界に通用する数少ない作品のひとつである。(とりわけ、近作は生命誕生の不可思議さ、生命の倫理など、人類にとって普遍的なテーマに基づき、グローバルな課題意識に接続している点で注目に値する。)こうした作品をきちんと収集しておくことが、売れっ子の若手作家を我さきに買い求める以上に、実は重要なことだということに心ある学芸員には気づいて欲しいものだ。アートシーンの前線に居れば居るほど、なかなか難しいことかもしれないが、いろいろな先入観を取り除いて、作品の訴求力と質をグローバルな観点から厳しく見定める努力が作品収集業務の責任者には求められているといえよう。
なお、作品集冒頭の清原保雄の解説によると、1996年に福岡市美術館で開催された「新潮流・福岡展」には会期6日で、6200人が鑑賞したという。アートの地域間交流という意味からだけでなく、メジャーな美術館が地道に創作を続ける優れたアーティストたちの活躍を伝えたという意味でも悦ばしい実績であろう。
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コメント
日本感性教育学会大分支部の事務局をしています。
貴殿の洞察力に感心しコメントを書いています。
ご専門は美術教育と拝察いたします。
我々はその名の通り感性教育について研究しています。
只今、学会の刷新をかけて青年部の創設に奔走しております。
一度お話を伺いたく、メールにてご一報いただければ
嬉しく存じます。
投稿: KAN | 2009.10.22 08:06